岡本太郎の母・岡本かの子の短編小説『鮨』に見る瑞々しさと孤独

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「芸術は爆発だ」で知られる芸術家、岡本太郎。その母で小説家である岡本かの子が著した、お寿司を題材にした短編小説があります。その名も『鮨』!(ででーん)。短い物語のなかに描かれた、触れられそうで触れられない人々の心模様、ひんやりとした孤独、そして何より今すぐ食べたくなるお寿司たち(特に玉子!)。短時間で楽しめるお寿司の物語をご紹介します。

目次

岡本かの子とは

皆さんご存知、芸術家・岡本太郎。「芸術は爆発だ」という名言や、大阪万博の「太陽の塔」など多くの作品で知られていますが、太郎の母・岡本かの子もまた「爆発」のような人生を駆け抜けた芸術家でした。

岡本かの子は1889年に東京・青山に生まれ、若年期は歌人として、晩年期は仏教研究家、小説家として活躍。私生活では漫画家の夫の許可を得たうえで、夫とかの子、そしてかの子の愛人の3人で共同生活をするという奇妙な夫婦生活を送ったことでも知られています(凄すぎる……)。

自由奔放で稀有なその生涯は、かの子の没後に瀬戸内寂聴氏によって評伝小説として描かれています。

岡本かの子著『鮨』

岡本かの子が亡くなる直前に発表された『鮨』

『鮨』は、かの子が亡くなる一か月前に発表された短編小説。東京の下町の鮨屋を舞台にした作品で、波乱万丈な人生を送ったかの子からは想像できない、瑞々しさとそこはかとなく漂う孤独が感じられる小説です。短編小説なので短時間でさくっと読み終えられますが、今すぐお鮨が食べたくなる美しい描写が散りばめられています。

『鮨』のあらすじ

主人公は、東京の下町にある鮨屋「福ずし」の娘、ともよ。「福ずし」は東京屈指の鮨屋で腕を磨いたともよの父が先代の持ち主から看板ごと引き継いだ店で、ともよの父は傾いた経営状況を地域に愛される鮨屋になるまで立て直します。ともよは「無邪気に育てられ、表面だけが世事に通じ、軽快でそして孤独的なものを持っている」という性格で、福ずしに特別何の興味も魅力も感じないまま、ただ看板娘として家業の手伝いをしています。

店にはさまざまな客がやってきますが、そのなかのひとり、湊(みなと)という50代の紳士は他の客と雰囲気を異にしています。自分について多くを語らず何を生業としているのか分からない謎の人物ですが、他の客に求められれば会話にも酒にも興じます。その風貌と心地よい人との距離感から、店では「先生」という愛称で慕われるように。

ともよは、いつからか他の客とは違う空気を漂わせる湊が気になっていき、淡い感情を抱くようになります。ある日、偶然店の外で湊と遭遇したともよは、「あなた、お鮨、本当にお好きなの」と思い切って湊に問うてみることに。何気なく湊に投げかけた質問の答えには、湊の生い立ちとこれまでの人生が離れがたく結びついていてーーー

『鮨』を読んで思うこと

いつまでも心のなかで生きる母との思い出

大人になった湊には、忘れられない幼少期の情景があります。それは母が握ってくれたお鮨。幼少期、潔癖症かつ摂食障害の傾向があった湊。ほとんど食事を受け付けずに痩せ細っていく我が子に、湊の母は苦肉の策として鮨を握ることに。

縁側には、鮨を握るための新品の調理用具を広げた母と、その前に座らせる湊の二人。鮨の素人の母と痩せ細った息子の、ままごとのような鮨屋が始まります。母が握る不格好な鮨に込められた、息子の健康を願う想い。何を口にしてもすぐに嘔吐してしまう湊でしたが、母が握る鮨の美味しさに導かれ、次から次へとねだるほどに。

この、湊の母が湊のために鮨を握り、一貫ずつ与えるシーン。なんともいえない温かさと瑞々しさ、そして静謐さと艶やかさが混ざり合い、二人の空間にふわふわさらさらと漂っているんです。まるで親鳥がヒナに食べ物を与えているかのような眼差し。『鮨』の一番のハイライトです。ぜひ皆さんにも本作を読んでこの空気を感じていただきたいです。

心のなかを覗いた、その先

「本当にお鮨がお好きなの?」と勇気を出して湊に質問をした、ともよ。今まで語られなかった湊の人生を知り、少し心の距離が近づいたような気も……。しかしその後の展開は、予想しなかったものに。

人の心の底辺に静かに流れ続ける拭いようのない孤独に、同じく「孤独的なものを持っている」ともよはこのとき気付いていたのでしょうか。その後の湊の人生の行き先は、われわれ読者の想像にも委ねられています。

子どもの「すし」から大人の「鮨」へ

前述の通り、湊がお鮨を食べるきっかけとなったのは自分のために母が握ってくれたお鮨。最初に握ってくれたお鮨は玉子。その次にイカ。そしてネタは生臭さが少ない魚へと移っていきます。これは食べ物への拒絶反応が強かった湊を気遣い、できるだけ味の淡白なものから慣れさせようとした母の考え。

母の作戦が功を奏し、母が鮨を握っている最中から「すし!すし!」と次をねだるほど鮨が好きになった湊。この日以降、湊は生臭さのあるネタも食べられるようになり、次第に家族と食卓を囲んで普通の食事もできるようになります。

一方、大人の湊が福ずしで注文する鮨はいつも同じようなもの。

湊の鮨の喰べ方のコースは、いわれなくともともよの父親は判っている。鮪の中のとろから始まって、つめのつく煮ものの鮨になり、だんだんあっさりした青い鱗のさかなに進む。そして玉子と海苔巻きに終る。それで握り手は、その日の特別の注文は、適宜にコースの中へ加えればいいのである。

引用:岡本かの子著『鮨』

作中、「鮨の食べ方は巧者であるが、強いて通(ツウ)がるところも無かった」と評される湊。前述の通り最後は必ず玉子を注文するようですが、「巧者」な食べ方をするようになった今でも、母の握ってくれた不格好な玉子を毎回思い出すのでしょうか。幼い頃に食べた「すし」と、大人になりひとり静かに食べる「鮨」。その対比にさまざまな想像が膨み、私はとくにかく町のお寿司屋さんに行きたくてたまらなくなります(急に自分の話)。

『鮨』を原作にしたドラマ

この短編小説『鮨』ですが、かつて『BUNGO〜ささやかな欲望〜』というオムニバス映画として映像化されています。

『BUNGO〜ささやかな欲望〜』は昭和を代表する文豪(BUNGO)による短編小説6作品を実写化したオムニバス作品で、このなかの一つが『鮨』でした。主人公・ともよを橋本愛さんが、湊をリリー・フランキーさんが演じられています。

小説から知った身としては、「あれ、ともよと湊の配役、そうなったの?」と若干拍子抜けしましたが(笑)、映像で『鮨』の世界を楽しみたい方はぜひご覧ください。配信はしておらず、DVDでのみ観られるようです。

『鮨』はココで読むのがおすすめ

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まとめ

下町の鮨屋で繰り広げられるさまざまな人間模様を描いた岡本かの子著『鮨』。各々がひっそりと抱える孤独に触れつつも、決して暗い作品にならないのは、湊の母が縁側で鮨を握って湊に与える温かなシーンがあるから。

ぜひ一度『鮨』を手に取ってみてください。

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